ペプシノゲン法とヘリコバクターピロリ

松江赤十字病院第三内科  井上 和彦 

1.ヘリコバクターピロリと胃・十二指腸の病気

ヘリコバクターピロリ(Hp)は1983年にオーストラリアで発見された細菌であり、胃内環境を変化させることで、胃・十二指腸にさまざまな病気を発生させる。現在、Hpは十二指腸潰瘍や胃潰瘍の主たる原因と考えられており、Hpの除菌は潰瘍の再発を予防するための効果的治療法として、我が国においても平成12年11月に保険適用が認められた。

胃粘膜にHpが感染すると、まず炎症が発生する。それに、食事など色々な環境要因が加わって、胃粘膜萎縮(胃の老化)が出現し、進行する。炎症は強いが萎縮は軽い段階で発生する胃癌もあるが、萎縮が進行した状態で胃癌の発生をみることが多い。逆に、Hp未感染者は胃粘膜に炎症や萎縮が出現することは少ない。この健康的な胃粘膜に十二指腸潰瘍・胃潰瘍が発生することは少なく、胃癌が発生することは稀である。

世界保健機構の下部機関であるIARCは、1994年に疫学的研究から「Hpは胃癌の発癌原因物質である。」とコメントした。その後、スナネズミのHp感染実験で胃癌の発生が報告された。また、ヒトにおいてHp未感染者からの胃癌発生は非常に少ないことが報告された。さらに、早期胃癌を内視鏡で治療した後に行うHp除菌は、他の部位での新たな胃癌発生を抑制する可能性が期待されるなど、近年、Hpと胃癌の強い関連が注目されている。

2.ヘリコバクターピロリとペプシノゲン値

Hp感染のない健康的な胃粘膜のペプシノゲン(PG)値はPGI値:40~50ng/ml、PGII値:5~10ng/ml、I/II比:5以上と推測される。Hp感染に伴う炎症により、PGI値、PGII値は上昇し、I/II比は低下する。そして、萎縮が出現すれば、まずPGI値が低下し、かなり遅れてPGII値が低下する。その結果、I/II比は萎縮の進行に伴い低下する。PG法は胃粘膜萎縮を客観的な血液検査で拾いあげる方法であり、PGI≦70ng/mlかつI/II比≦3.0(基準値)を陽性としている。そして、PG法による胃粘膜萎縮の評価は、同じ日に行った内視鏡検査による胃粘膜萎縮の評価とよく相関していた。

なお、Hp除菌治療に成功すれば、PGI値、PGII値はともに低下し、I/II比は上昇する。そして、その状態はその後も継続する。したがって、PG値測定はHp除菌判定やその後の経過観察の良い指標の1つとなりうる。しかし、このことは除菌によりPG法判定が変化する可能性を示しており、検診などでのPG法判定に際して注意を要する。その他にPG値に影響を及ぼす因子としては、胃酸分泌抑制剤の内服、腎障害などが挙げられる。

3.ペプシノゲン法とヘリコバクターピロリ抗体価併用による胃の健康度評価

胃・十二指腸の病気の発生にはHp感染や胃粘膜萎縮が関連している。Hp感染の検査法には内視鏡を必要とする方法(鏡検法・培養法・ラピッドウレアーゼテスト)と内視鏡検査を必要としない方法(尿素呼気テスト・血清抗体・尿中抗体・便中抗原)がある。内視鏡検査を基準として、血清Hp抗体価測定とPG法の組み合わせで胃の健康度評価ができるかどうかを検討した。

PG、Hp抗体価測定と内視鏡検査を同じ日に行った人間ドック受診者2,996例(男性2,081例、女性915例、24歳~89歳、平均51.0歳)を対象とした。Hp抗体とPG法判定の血液検査結果から、Hp抗体(-)PG法(-)をA群、Hp抗体(+)PG法(-)をB群、Hp抗体(+)PG法(+)をC群、Hp抗体(-) PG法(+)をD群と分類した。

各群の占める割合は、A群が626例(20.9%)、B群が1,372例(45.8%)、C群が727例(24.3%)であり、D群は13例(0.4%)のみであった。なお、Hp判定保留群は258例(8.6%)であった。年齢階層別には、男女とも年齢が高くなるにつれ、A群が少なくなり、C群の割合が高くなった。

血液検査と同じ日に行った内視鏡検査で発見された胃癌は17例あった。そのうち14例がC群、2例がB群、1例がHp判定保留群であり、A群では認められなかった。C群での胃癌発見率は1.93%であり、A群(0%)、B群(0.15%)に比べ有意に高い発見率であった。性、年齢別に検討しても、40歳代、50歳代男性ではC群での胃癌発見率はその他の群に比べ有意に高い結果であった。また、翌年度以降(1~5年)での胃癌発見率もC群で最も高く、A群では1例もなかった。

過形成性ポリープもC群で高率であり、胃腺腫4例はすべてC群であった。

消化性潰瘍(瘢痕を含む)は男女ともにB群で最も高率に認められた。C群での胃潰瘍の頻度はB群とほぼ同程度であったが、十二指腸潰瘍の頻度はB群に比べると低率であった。A群においては消化性潰瘍の頻度も非常に低率であった。

以上の内視鏡検査を基準とした検討結果から、血液検査でHp感染・胃粘膜萎縮の有無をチェックすることにより、胃の健康度評価が可能と考えられる。Hpの慢性感染の大部分は幼少児期に生じ、成人での新たな感染が慢性化することは稀である。したがって、成人に行われる胃検診でA群と判定された受診者はその後B、C、D群になることは稀と考えられ、胃疾患の危険性は将来も含めて非常に低いと考えられる。一方、C群は胃癌、胃腺腫、過形成性ポリープなど胃粘膜萎縮を発生母地とする疾患の高危険群と考えられ、毎年定期的に内視鏡検査を行う必要がある。D群は胃粘膜萎縮・腸上皮化生が非常に高度となり、Hpが棲息できなくなった状態と考えられ、C群と同じように毎年内視鏡検査が必要であろう。B群はHp感染による炎症はあるが、萎縮は軽い状態と考えられ、消化性潰瘍などに注意する必要があると思われる。このように、胃の健康度を評価し、各個人の日常生活における注意点、内視鏡検査の必要度を明らかにすることは大切と考えられる。